乗車日記

自転車ときのこ

空気力学の歴史 読了

6月30日に買った本。読むのに三か月近くかかった。古代から1960年代ぐらいまでの流れが詳しく記述してある。
 ガリレオあたりからの理論流体力学の基礎科学としての流れと、飛行機を作りたいという技術者の実践的な試みの流れがあまり交差せずにライト兄弟による1903年の初飛行に至る。ちょうどそのころ、ドイツのプラントルによって実際に揚力や効力を計算できる理論が発見され、彼が実験と理論を統括する研究センターができたことで、実際の飛行機と科学との距離が急速に深まり、技術が発展し始める。ここで開発された高い揚力を発生する厚翼形状は、すぐさまフォッカー社の戦闘機に採用され、圧倒的な上昇率と操縦性を誇ったそうだ。1915年には米国にも国家航空宇宙諮問委員会(NACA)が設置され、一次大戦敗戦後のドイツから受け入れた科学者の力もあり急速に力をつけ始める。特にレイノルズ数を合わせて小型模型実験で実機の特性を正確に再現するために、20気圧まで加圧可能な密度可変風洞を1922年に作ったことが契機の一つになっている。必要とあればこのような大がかりなものを作ってしまうあたりが米国らしい。また、また翼形状をパターン化して、系統的にすべての翼形状に対して実験を行ってデータベース化するというようなやりかたも米国らしい。
 その他にも様々な人たちが航空技術の発展に寄与していく様子が書いてあるのだが、特にP-51ムスタングの翼の設計の話は、これについて読んでいた時に墜落事故が起こったので印象に残っている。この飛行機は逆問題解法によって設計された翼を採用した最初の飛行機らしい。まず層流を維持して抗力を減らすのに有効な翼の表面の圧力分布を理論的に割り出し、次に流体方程式を逆に解いてその圧力分布を実現できる翼形状を求める。(翼形状を境界条件として流体方程式を解き、圧力分布を求めるのが通常の流れなので逆問題解法といわれる。)風洞実験では抗力が1/2~1/3にも低減したとのこと。自分も仕事で同様の逆問題手法を電磁波に対して適用してうまい成果が出たことがあり、強く印象に残った。
 ただ、この翼形状の逆問題解法は科学的・技術的に素晴らしい成果だが、速度も速くかつ航続距離の長い戦闘機ができたことで戦略爆撃機の護衛が可能になり、多くの都市が焼かることにも繋がっている。この本の中にはあまりそういう話は出てこないが、そもそも後半1/3程度は技術開発=軍用機の開発という話になっている。
 あとは後退翼の理論が印象に残った。音速に近づくと翼の近辺で衝撃波が生じて抗力が高まるが、その衝撃波発生の限界速度は翼の前縁に対してまっすぐ入ってくる角度の流れの速度で決まるのではないかという、結構直観的なアイデアがうまく動作しているのが面白い。(翼が斜めになっていると、飛行機は音速に近くても翼前縁に垂直に入る空気の流れの速度はずっと小さくなる。)ドイツ人のブーゼマンが1935年に国際会議で発表したのに、他の国では全く忘れられており、大戦後期になってNACAでジョーンズという人が別途思いついて研究を始めていたとのこと。戦後ドイツに乗り込んでいった調査団が夥しい後退翼のデータを見つけて驚愕したらしい。ドイツは毎回戦時中に先駆的研究を行い、その研究成果が花開く前に米国に持っていかれるということを繰り返しているようだ。
 その他、理論と実践の歩みが歩調を合わせていないことの方が多いのが面白い。複葉機の時代に超音速衝撃波の理論研究が進んでいたり、逆にジェットエンジンの発展でマッハ5で飛べるようになってから、極超音速現象の理論研究が始まったり。奥が深くて興味が尽きない。
 著者は米国の大学の名誉教授かつスミソニアンの学芸員なので、後半の飛行機の発展のあたりは米国に関連する事柄が多い。日本の寄与は一言も出てこなかった。7000系アルミあたりでは寄与もありそうだが、材料工学であって空気力学ではないかな。少しそのあたりも勉強してみたい。