乗車日記

自転車ときのこ

タックスヘイブンの闇 読了

イギリスのジャーナリストが書いたタックスヘイブンに関する話。タックスヘイブンについては以前から気にはなっていた。以前に読んだ税制改革史で企業の活動が多国籍化するにつれて、一国の税制のみで適切な課税が難しくなってきた様子がみてとれたが、タックスへイブそのものの本には接触する機会がなかった。しかし最近オリンパスやAIJ関連で話題になったこともあって、この本が新聞の書評で紹介され、それをみて飛びついた。
 税金が安いだけでなく、さまざまな手段で口座や法人の情報を隠蔽してくれ、また検査や規制が緩々で何でも出来るという、あくどいことをするには天国のような場所が世界にはある。そのためお金が集まってきてその国は潤う。そのひとつがケイマン諸島だが、イギリスの勢力範囲内になぜこのようなおかしな国があるのか、前からそれが分からなかったが、この本を読んでその理由の一面が分かった。ケイマンが勝手に自国への利益誘導をやっているわけではなく、シティを中心とするタックスヘイブンのネットワークとして戦略的・意図的に組み立てられているらしい。まずイギリス政府からある程度独立していて規制のゆるい領域としてシティがあり、そこでもやりにくいことをやるためにグレートブリテン近海の王領であるジャージー島マン島が表面上の独立国として存在し、さらにややこしいことはカリブ海のケイマンにまわすという構造のようだ。これらを使えば本国ではありえない緩い環境を作り、それ通じてお金を吸い上げて本国に回すことが出来る。
 これのタックスヘイブンに共通するのは、1)表面上は独立国であるので他国が文句を言ってきても英国政府は政策を強制は出来ないと言い逃れることが出来る、2)しかし実際は英国領のようなものなので政治上・軍事上は安定、そして3)人口が少ないので金融業界が金と力をつぎ込めば議会を完全にコントロールして好きな法律を作らせることが出来るということのようだ。シティのネットワークとは別物だが、米国デラウェア州も同様な構造でタックスヘイブンと化しているらしい。
 これらの緩い状況を作れば多国籍企業は価格移転等を用いて利益がこのような地域で生じていることにして、税金を支払うべき国で支払わずに合法的に削減することができるので、お金は自然と集まってくる。本来は企業が実際に活動している国に対してインフラや人材の使用料として、そこで得た利益から税金が支払われるべきであり、タックスヘイブンがそれを誘導して移転させることで利益を吸い上げてしまうということはおかしい。むろん先進各国は対タックスヘイブン対策を色々とやっているので、そんな対策をする知識も余裕もない途上国のほうがより利益を移転させられて税収が減ってしまうことになりやすい。実のところ途上国はこれによって海外から援助を受けている額を上回る額の税収を失っているらしい。税の損失がなければ援助はもともと要らないということだ。しかし、そもそも、途上国の腐敗した政治家は自国の資源輸出の利益を個人資産としてタックスヘイブンに移転するというようなことをやっており、対策をするインセンティブがないことが多いようだ。また、秘密保持や緩い検査などのおかげで、企業の財務状況の偽装や本国では許されないようなリスクの高い商品を売ったり出来るという点で、金融システムの不安定化に大きく寄与している。それに個人としても、タックスヘイブンに資金を移してから他国に投資すれば、その利益は本国に送金しない限りは本国で課税されない。その他色々と手法があるようで、結局のところ金をたくさん持っていれば、タックスヘイブンを利用して合法的に税金の支払いを回避できる。タックスヘイブンになった国自体も、全員が利益を受けられるかというとそういうわけではなく、結局金融関係者にお金が行くので他の産業はまったくだめになり、貧富の差が激しくなっているらしい。
 それからシティ関連の記述がかなり面白かった。そもそもシティそのものが、完全にはイギリス政府のコントロール化にないという話はなんとなく聞いてはいた。しかし今回その理由は結構奥が深いことを知った。シティオブロンドンはノルマンコンクェスト以前から存在しており、ノルマンコンクェストのときにもウィリアム2世に降伏したわけではなかったらしい。つまり、シティはイギリス王権よりも古く、イギリス政府より古い。憲法があって、その下に法律があり、それによって規定されている地方自治体というのとは全然違う。財源も政府と別に持っている謎の大規模資産の運営利益があるため強いとのこと。その他、スイスのことも一章をさいて取り扱われている。また取材報告・批判だけでなく、最終章では対応策についても提言している。
 著者はジャーナリストなので体系的な記述ではなく、自身が実際に取材したこと、経験したことを軸に書かれている。取材の記述には大変迫力があったが、体系的でないため最近の金融の知識のない自分には少し読みにくく、本文を読んでいるより、出てくるいろいろな金融スキームの意味をネットで調べる時間のほうが長かったかもしれない。著者の主張も完全に理解できたわけではなく、また著者の主張にも若干反グローバル主義的な偏りがあるようにも感じる。しかしタックスヘイブンによって本来払われるべき税金が逃げており、また規制のかからない領域での金融システムが大きくなりすぎることが、世界の不安定化を引き起こすという点でまずいのは間違いないと思う。