乗車日記

自転車ときのこ

アイヌと縄文 読了

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読んでいて若干、既視感を感じたので書庫を探ってみたら、10年前の同じ作者の本が出てきました。いつかのようの同じ本であることに気付かずに、最後まで読んでしまったわけではないということで一安心。
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それはさておき、本書ではアイヌ縄文人の最も本流の末裔であることに着目した議論がなされている。
出土土器の変遷などから集団の変遷をたどる13世紀ぐらいまでは分かりやすかった。その後に続く、贈与交換やもがりや墓やチャシの話は、個別の時代、集団の要素を薄めて、一般的な文化論にもっていくあたりが、私には分かりにくかった。そもそも、縄文思想みたいなものを先に想定する議論が私には向かないだけかもしれないし、また自分の周辺知識の不足もあるだろう。
個人的に興味深かったのは、以下の点。
九州の松浦党に縄文からの伝統と考えられる、刺青や抜歯の習慣が残っていたこと。
アイヌの熊送りは、縄文時代はイノシシ送りだったらしく、それもイノシシ送りは日本列島全体に広がる縄文人の共通文化だったため、北海道にはいないイノシシの子供をわざわざ本州島から連れてきて、送りの祭りをやっていたということ。
縄文時代には2000メートルを超える高山の上に遺跡が残っているのに、弥生時代古墳時代はそれがなくなり、また古代国家の時代になって修験道といった山岳信仰が現れてくるという点。
縄文土器の物語性は一旦消えてしまうのに、9世紀ぐらいになって擦文土器という別種の作り方の土器の中に濃厚な文様として復活してくるということ。
7世紀に東北北部から石狩低地帯に農耕文化をもって移住した人たちが、大きな影響を残しつつも、9世紀までに元々いた擦文人に同化されてしまう点。
これらの点は、歴史は常に単純化、効率化の方向に進んでいるわけではないということを示していて、興味深いと思う。

これと並行して、「聞き書 アイヌの食事」および「ゴールデンカムイ」も読んでいる。後者は血みどろの戦闘シーンが多いが、実はグルメ漫画だったりして、狩りや料理のことも多く描かれている。前者の本の中で、古老たちが語る時代とも近く、文字と漫画の両方から読んでいくと理解しやすいことに改めて気付かされた。
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チタタプというつみれも、動きのある絵があるとどういう食べ物かが大変よくわかる。鉤爪を使ったワシ狩り、と言われてもよくわからないが、これも動きのある絵でどういうことか理解できた。