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古文書

鳥羽・伏見の戦いについて調べていて、原史料を読みたくなり、崩し字を勉強中です。内閣文庫に慶明雑録という文書集があって、そこに戊辰戦争時の部隊の報告書などが丸っと集められていて、さらに国会図書館デジタルアーカイブで読めるのです。慶明雑録の存在は野口武彦先生の「鳥羽・伏見の戦い」で知りました。絵図などもあり、当時の状況がよくわかります。問題はくずし字で書いてあること。くずし字は何度も勉強しかけて挫折していましたが、今回は読みたい具体的な対象があり、またくずし字を読む以外の方法ではアクセスできないという点が強いモチベーションとなっています。

中野三敏先生の『くずし字で「徒然草」を楽しむ』、油井宏子先生の「古文書はじめの一歩」、「古文書くずし字の見分けかたの極意」などを読み込みました。手始めに伏見の戦いの報告のうちで一番読みやすそう、かつ他で翻刻されていない「(薩摩藩)臼砲隊差引監軍届書」(慶明雑録vol.24, pp.24-26、内閣文庫)を選んで読み始めました。

児玉幸多先生の「くずし字解読辞典」、林英夫先生の「近世古文書解読辞典」などで調べ、あと人文学オープンデータ共同利用センターのくずし字データベース検索も活用。さらに「中原猶介事績稿」、野口武彦先生の「鳥羽・伏見の戦い」などで慶明雑録の一部翻刻されているものを使って文字を照合。やり始めてすぐわかったのは、版木で印刷されている徒然草は流石に癖の少ない字で書かれているけれど、手書きの字はいろいろと癖があるということ。2〜3週間ぐらいやってました。とりあえず、この報告書は多分これで解読できたと思います。
(薩摩藩)臼砲隊差引監軍届書(慶明雑録vol.24, pp.24-26、内閣文庫、鳥羽伏見戦の報告書の一つ):
一、去る三日、伏見へ出陣致し候様仰せ付け被る。昼時分到着。其余兵隊は都而(すべて)役館近辺相固居候付、則出張之御軍賦役に引合候所、大砲二挺は豊後橋涯へ繰り出し、右同一挺は御香宮上通り、携臼砲二挺は見計を以て上手畑地へ据付置候處、昼七つ時分、鳥羽街道の方より砲声相聞え、東極路隊一同砲戦に及び、豊後橋涯へ賊兵大砲三四挺並びに小銃隊相備え、頻りに防戦致し候付、味方も粉骨必死に放発致し候。御砲前にて敵丸破烈致し、砲車も打砕れ、以て召玉薬役、我ミ内、宗三十五深手を負い申候。賊兵退散、進撃致し候處、大砲二挺並びに玉薬、小銃、手鎗、数多く分捕りに及び、一同抜群相働き申し候。
一、携臼砲二挺役館内路所へ投放致し候處、弾丸は茲而(ここにおいて)打ち尽し不得。歩小銃を以て打尽し粉骨塀涯に於いて相働き申し候。
一、大砲一挺御香宮上通りより役館へ指向け数発放射致し候處、賊兵小銃並びに大砲を以て塀涯より厳前射掛け相候得共、手負い等もこれ無し、夜五つ時分相来候處、敵兵引退き候。成砲声不致候に付、味方も同に放発打止残音処、同所下角にて一番大砲隊頻りに血戦致し候付、応援として右場所へ押し出し、夜半比迄互いに砲発致し候。御玉薬役平野勘助深手を負い申し候。一同抜群相働き、遂に打挫館門破れ、供々役所内へ押し入り申し候。



「都而(すべて)」とか「茲而(ここにおいて)」とか知らんかったですね。それにしても報告書の中で一番読みやすそうだったこれでも相当手強かった。もっと崩れているやつが本当に読めるようになるのか、ちょっと心配です。

慶明雑録のリンク:
https://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/result?DEF_XSL=detail&IS_KIND=detail&DB_ID=G9100001EXTERNAL&GRP_ID=G9100001&IS_TAG_S16=eadid&IS_KEY_S16=M2017051717200938584&IS_LGC_S16=AND&IS_EXTSCH=F2009121017025600406%2BF2005022412244001427%2BF2005031812272303110%2BF1000000000000053459&IS_ORG_ID=M2017051717200938584&IS_STYLE=default&IS_SORT_FLD=sort.tror%2Csort.refc&IS_SORT_KND=asc