乗車日記

自転車ときのこ

朝鮮銀行ーある円通貨圏の攻防ー 読了

渋沢栄一の第一銀行韓国支店群に起源を持ち、韓国併合後に韓国の国立銀行として再編され、日本の敗戦に伴って解体された朝鮮銀行の歴史。ただし、本書の記述はその後の朝鮮戦争における通貨作戦にも及ぶ。著者はその後身である日本不動産銀行、のちの日本債券信用銀行の調査部で活躍された方。
朝鮮銀行は韓国内での活動だけでなく、日本の侵略に伴って満州、シベリア、華北、華中に支店を広げ、それらの地域での日本系の通貨の発行を支えていたということを初めて知った。敗戦時の支店は朝鮮半島内に24店、日本国内に9店、中国国内に40店、満州に26店、シベリアに9店。その規模と力点がうかがえる。
長期的に占領地の経済を維持し、そこで物資を調達しようとするならば、信用ある通貨の発行と維持が不可欠になる。しかし、日本円を大量に発行すると本国でも物価が上昇するし、戦争の帰趨によっては敗戦後にハイパーインフレになりかねない。
しかし、朝鮮銀行およびそれと連携した華北・華中の中国系銀行を介した通貨発行は、占領地だけで通貨をどんどん発行して物資を調達できる上に、本国には影響しないという胡散臭い仕組み。
 まず日本政府から朝鮮銀行東京支店に軍の現地活動資金を日本円で振り込む。次に朝鮮銀行はそのお金で日本国債を購入して、それを準備として朝鮮銀行券を発行する。この時点でお金は日本政府に戻っている。朝鮮銀行はそれを華北・華中の支店に送金する。中華系銀行はその朝鮮銀行券(あるいは朝鮮銀行の口座残高)を準備として、銀行券あるいは口座残高を発行。現地軍はそれを中華系銀行から引き出して使う。
 占領下中国で現金・口座残高が発生するが、日本円は政府と朝鮮銀行の間でぐるぐる回っているだけなので、日本国内の通貨量か変化しない。さらに、暗黙のルールで中国系銀行は担保としている朝鮮銀行券・口座残高を実際には引き出せないことになっているので、それが日本円に変換されて国内で使われることもない。結局、現地で無理矢理銀行券を発行させてそれを使っているのと同じ。一応終戦時に金で精算しているが、そのときにはインフレで中国系銀行券の価値は大幅に下がっていたので、金20トンぐらいで済んだらしい。
 日中戦争の始まった昭和12年から終戦の昭和20年までの日本国内の小売物価上昇が2.5倍に対して、北京や上海の物価上昇は1000倍に達したというからその効果は非常に高いというか、酷い。
以上の話以外にも、金銀価格差による朝鮮からの金流出のことや、ロマノフ朝の残した膨大な金塊が反ボルシェビキセミョノフ軍を介して60トン受け取った話や、国民党政府との通貨戦争、朝鮮戦争での北朝鮮軍による偽造通貨発行とそれに対抗した韓国側の新通貨発行の話など、普段知ることない興味深い内容が記述してあった。自分としては朝鮮半島内での本業の経済活動についてもう少し知りたいところだが、それは別の本として出版されているようだ。機会があれば読んでみたい。
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