乗車日記

自転車ときのこ

読了 ロシア正教の千年

元の本は1993年の出版。ソ連が崩壊してエリツィン氏が大統領になったあたり。2020年に講談社学術文庫に収録される際に、その後の情報が追加されている。

998年にキエフ大公ウラジミール一世によってギリシャ正教として導入されて以来、ロシア正教はロシア文化および民族主義とかなり強く結びついてきた。ツァーリ権力の制御下に完全に置かれてきたイメージで捉えていたが、それはイワン雷帝ピョートル大帝以後のことで、それ以前はモスクワ総主教は皇帝と権力を二分するぐらいの力を持つこともあったらしい。またどちらかというと権威主義的な志向が強いと思っていたが、それとは別に理屈でも教義でもなく生き方を尊ぶという方向性を併せ持つようだ。
 1903年にニコライ二世とアレクサンドラ皇后の願いによって聖人の列に加えられたサロフの聖セラフィムは「克肖者(こくしょうしゃ)」という称号をもって呼ばれるが、この称号はアダムとエヴァの罪によって曇らされる前の、神の姿により近い人間本来の姿を回復した聖人という意味らしい。それにしても正教の用語は馴染みがなく知らないものが多い。日本に伝道したニコライ師は列聖され「亜使徒」という称号をもつとのこと。「亜使徒」という称号は使徒と同等のレベルの功績を残した人に与えられるらしい。正教は最初から土着主義で各民族語で布教を行い、ラテン語をもって超民族的な普遍教会を作ろうカトリックとは大きく違うやり方だったということも改めて認識した。
 本書の後半は、ソ連における宗教弾圧の歴史。スターリンにより徹底的に弾圧されるが、皮肉にも独ソ戦の勃発により民族主義高揚の手段として許容されて生き延びる。しかしその後も、体制派として大人しくしているものだけが生き延びられるような厳しい弾圧が続く。フランス革命における教会の破壊も日本の廃仏毀釈も大概だと思っていたが、ロシア革命下での宗教施設や宗教用具の破壊も凄まじい。よくこれでソ連崩壊まで生き延びたものだと思うが、無神論が国是のもとでも民衆の信仰は続いていたようだ。ところで、ソ連崩壊後にオウム真理教がロシアで流行ったことがあった。著者の見解では、良かれ悪しかれこれまで国家によって他の宗教が入ってくるのが阻止されていたので、ロシア正教は他の宗教に対する防衛策が弱いという側面があったのではないかとのこと。
 本書の最後にはウクライナ正教の独立や、ロシア革命以来続いてきた亡命ロシア人の在外ロシア正教会との和解、ニコライ2世の列聖などの最近の話題が述べられていた。2020年の本なので、ウクライナ戦争以降のことは述べられていないが、そういえば去年のクリスマスはウクライナでは、ロシアで一般的なユリウス暦のクリスマスを外して、グレゴリオ暦のクリスマスにお祝いをする教会が増えたというような話を聞いた。ロシアとウクライナが宗教的にも離れて、後者が西欧に近づく方向に進んでいるのは間違いない。